屍のように生きたい。

じゅげむじゅげむごこうのすりきれの雑談日記

来訪者、紫色の彼 | main | 頭寒いねは走らない
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社会的通念より見た公共の福祉と個人的観点と人生観より生まれた幸福の定義の比重
はいはい、頭おじさんの面白くない話始まるよー
ためになりそうで一切使えない面白くない話だよー。

タイトルをや難しそうな意味で書いてみたが、
要約すると、
『皆の幸福と、一人の幸福ってどっち大事だ?』
って事なのでよろしく。



さて、そんなこんなで皆はどう思うかね?

社会なんて噛み砕けば人の集まりなわけだ。
ならば個人的な幸せを各個追求すれば皆ハッピー。
そんな考え方だってあるんだがね?
所詮各個は各個でして、
万人が万人他人に何の損害もなく幸福になるっつーのは無理。
本当ぶっちゃけちゃうけど無理だから。
そりゃー、一人で人生ゲームして面白いと思えるような、
奇人変人さんだって居ないわけないかも知れないけどさ。
やっぱり他人居てこその幸福が大多数なわけで。
でもね?人生ゲームの例えをそのまま使っていえば、
やっぱり誰かは人生ゲームしたくないかもしれないわけで。
それにゲームだから負ける人ってのが出てくるわけで。
そういった人は不快感や損失感が伴うのが当然だよね。
こういうのを踏まえて考えていくと、
『大人数で楽しく』をコンセプトとしたところで、
その『大人数』の中のどっか『少数』は楽しめていない。

『多数決の正義』って聞いた事あるだろうか。
いや、聞いたことなくても見た意味を考えれば大体分かるだろう。
ようはそういう事なわけなのだ。
大多数は幸せ。残りの少数は幸せ足り得ない。
絶対数が多ければそれは『正』であるのが世の真理。
少なくても人間という種族間の中では。
でもだからといって、個をないがしろにしてしまったのでは、
社会的発展は決して望まれないし、
没個性的な人間だけの社会など存在するだけ無駄なわけだ。

社会は決して束縛であってはいけないにも関わらず、
その一歩手前である規制は是とされている。
はてさて実に微妙なところである。
人を『社会』とくくり、万人が万人のための幸福を追求する。
得てしてそれはあまりなく行き届くのか。

うん、それもハッキリ言えば否。
小学校のころだったか忘れてしまったが、
こんな話をされた記憶がある。

『世界中の人間全て幸せにするにはどうするか?』

そんな質問をどっかの国のどっかの学校で、
子供達に向けて教師が放ったらしい。
そしてそのどっかの子供は答えた。

『一人が親切を受けたなら、
それを別の三人に親切として返していく』

当時の考えからいくと実に凄い事だと思った。
実際それがうまくいくならば、確実に皆は幸せになるのだから。
一人が三人、三人から九人。九人から二十七人。
その手順を万人が繰り返せば確かに幸せになっただろう。
現実問題それはそうだと思い、実践もされたらしい。

だがその結果はどうだ?

これはもはや言わずとも分かるだろう。
自分が幸福か?と自分に問いただせば一発だ。
少なくても俺は否と答える。
この時点で万人の幸せに至らなかったのは明白である。
この発想の問題点は2つ。
まず個人的幸福とはそれぞれ差異があり、
共通する部分もあるだろうが、けっして全てではない。
そしてもう一つ。
全ての人間が恩を恩で返すほど綺麗じゃない。
実に遺憾ながら人の業はそこまで浅くはないのである。
他者を重んじ自分よりも優先する聖人君子は居るのだろう。
だが、それと同様に自己の利をただ求める人も居るのだ。
この例から分かるように、
いくら他に尽くしてみたところ、
その尽くした分が自分に帰ってくる保障はまさに皆無。
帰ってきたところで、それが自分の行った事それに対し、
上等か、もしくは対等である可能性もまた然り。

多くの人間の幸福と自分の幸福は繋がらない。

さてさて、これが今日の本題だ。

『ならばどちらが大事か』

他者をないがしろすれば、そのしっぺ返しは必ず来る。
何せ他者を重んじない人が、他者から重んじられるわけがない。
だからといって個を投げ捨ててまで個を重んじるか?
答えはまさに否。

極論で言えば世界は個人を中心に回る。
勿論その意味合いはある誰かのためだけに、
世界が動いているというわけではないが。
自分の認知できる範囲のみが自分の世界。
例えばどっか遠い国で津波が起きたと聞いて、
実際問題日本に居る自分に何か影響があるだろうか?
ある人も居るだろうが、それはその人だからであって、
別に自分だったからというわけではない。
ややこしいので簡潔に言えば、
自分に直接影響がなければ所詮は『彼岸の火事』というわけ。

つまり自分を投げ打ってしまったのでは、
元もこもあったもんじゃない。
まぁ、よほど大事なモノであるならば、
それこそ無くなるなら死んだほうがマシとか、
そんな感じであるならば話は変わるが。
基本的にどんな奇麗事をほざき喚いたところで、
生き物にとって最も重要なのは『自分』である。

だが自分を最重要としたところで自分は幸福となるか。

例外や特例はいつどこにでもあるが、
そんな甘ったれた自己中で居られるほど世間は優しくない。

自分だけを思い続ければ自然と世界を下に見る。
下に見れば見るほど自分の価値を錯覚する。
そしていずれ錯覚は現時的歪みを生み出す。
その結果、それを害とみなす『大衆』によって袋にされる。

いや参ったね。
どうすりゃいいんだろ。

うん、どうもする必要なんてねーんだけどね?

ここまで理屈、屁理屈並べてなんなんだけどね?
ぶっちゃけそんなモンその場その場でいいんだよね。
だってそうじゃん?現に今幸せな人って絶対いるだろ?
でもそんな人全部が、こんなこと考えたと思うか?

んなわきゃねーだろってね。

うん、要はそういうこった。
適当に押して引いて繰り返して、
自分だけの境界線引いとけば結構何とかなる。
世の中なんてそんなモン。
やたらけったいな癖に繊細で不思議。
ちょっと死にたくなってくる。

うん、皆がんばろー
| 未分類 | 15:17 | コメント:6
コメント
大一大万大吉
2007.07.26 Thu 22:11 | URL | nigepico
現代文の問題みたぃだった( ^ω^)
2007.07.26 Thu 23:25 | URL | しっぷぅ
流し読みしちまったb
2007.07.27 Fri 01:16 | URL | 戯言
長文ご苦労さん。
2007.07.27 Fri 10:33 | URL | 聖の端くれ
共感。
世の中そんなもんだよね。きっと。
2007.07.28 Sat 18:33 | URL | ラシエル
共感したいが、難解だなw
こんなんが現代文とかに出てきたらお手上げだぜw
君が天才にみえるよw
というより天才か??w
2007.07.29 Sun 14:43 | URL | 銀翼
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年齢:時の流れるは残酷なもので
職業:石油プラントで油まみれの日々
備考:メイポは不思議と帰ってきてしまう。

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